クリシン受けてみた結果、上司の無能さを再確認できた。

ぼやき
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ちょっと前に会社の社外研修でグロービスの「クリティカル・シンキング」、通称「クリシン」を受講した。

クリシン、直訳すると批判的思考という意味で、自分のこれまでの考えや常識にとらわれずに論理的かつ批判的に検証し、新たな方向性を見出せる思考法、らしい。

これを学ぶために3か月間に3時間の講義が隔週で月2回、全6回の計18時間からなる研修だ。

黙って聞く研修ではなく、全体の7、8割はグループディスカッションで意見交換やダメ出しをし合う時間になる。

受講理由は「会社に突然指名されたから」ではあるが、受けてみると結構面白いし、それなりに得るものはある。

たぶんこの手の研修を「面倒」とか「興味ない」とか思ってしまう人、「面白い」と思えない人は万年無能で生涯を終えるのだろう。

計18時間とは書いたもの、実際に費やす時間は数十時間に及ぶ。3か月間の間は常にクリシンのことを考えているといっても過言ではない。

隔週なので余裕がありそうだが、普段の業務と並行して行うため、余裕は全くなくタイムマネジメント力が重要になる。

各回で予習アサイントメントと呼ばれる宿題に取り組む必要があったり、各回終了後には振り返りのまとめもしなければならなく、そこそこの時間を使う。

中でも4回目の課題であるレポート作成。架空の会社の現状や課題か書かれた20ページ以上の問題文があって、これに対して結果をおさえ、原因を考え、解決策を提示するレポートを作成する。


ここにめちゃくちゃ時間を取られる。毎日数時間ずつ取り組んでも、ギリギリ間に合うくらいのボリュームだ。

クラスの中には徹夜したとか言っている人もいるくらい難関である。とにかく18時間以外にも膨大な時間を要するのだ。

               

研修自体はみんな真剣に取り組んでいるので、結構タメになる。いろんな業種のいろんな人の意見を聞くのが、新鮮だし面白い。

似たようなこと社内でやっても、やる気ある感じでやる人は全体の2割くらいのものなのであまり意味がない。その点グロービスはやる気ある人だらけなので置いていかれないようにするのに必死になる。

みんなが真剣に取り組んでいるのにも理由がある。

 

 

ひとつは評価制度。

クラス中の発言回数や発言の質、課題への取り組み、レポートの評価等によって点数づけされて最終的に相対評価で、A~D、Fといったランクがつけられる。

レポートの評価はかなり重要で、10点満点で4倍されたスコアが総合成績に反映されるので重要なウェイトを占めている。平均点は5、6点、最高点は8.5~9.0点くらいであることが多いらしく、7点以上取れれば合格点らしい。


前述したが、最終的なスコアは「相対評価」で決まる。それぞれのランクで割合が決まっているので、優秀な人が多いクラスにあたってしまった場合は上位に食い込むのが難しくなるため、本気で取り組んで、人より秀でなければ好成績は取れない。


ふたつめは費用。

はじめに聞いてびっくりしたのだが、クリシンの受講料はなんと

 

「128,000円

個人では絶対に受ける勇気が出ない金額である。

大半の人は会社にこれを出してもらっているということなので、プレッシャーもそこそこあるわけだ。

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具体的な内容については割愛するが、得た学びの中で特に「これ上層部たちも全員理解しろよ」と思ったことがある。

というか大体の内容がそうなのだが、あまりにもありすぎるので、ここでは3点だけ抜粋することにする。

 

・前提を疑うこと

人は無意識のうちに前提をおいて考えていることがある。


その前提が正しいのかを徹底的に疑うことが大事


エンジニアは特に自分の経験則だけでモノを言う人が多いし、上層部には頭でっかちが多い。

自分の時はこうだった?昔はもっと大変だった?

それは本当に正解だったのか?

それは本当に大変だったのか?


まずは自分の考えを疑ってもらいたい。

・BIG WORDを使用する場合は思考が足りない

例えば、「効率化」とか「調整」とか等々。

使うとそれっぽく聞こえるが、ごまかしているだけで、単純に思考が足りていない証拠。

具体的に何がどうなったら効率化と言えるのか?


調整というのはいつだれがどのようになにをすることを言うのか?

思考を放棄するために無能な人ほど使っている人が多い。

自分も使いがちなので……無能な人と同じにならないように意識しなければ…。

   

・論理の飛躍を埋めること

論理の飛躍とは本来触れるべき点を省略してしまい納得感がない状態のこと。


無意識のうちにいろんな前提を置いていたり、説明が圧倒的に足りていなかったりして、説得力も納得感もない状態。

無能な人ほど論理の飛躍が激しくなっている気がする。

自分ができているかいないかは置いておいて、これらができている上層部って見たことがない。

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3点と言いながらもう1点。

「わかる」と「できる」は違う

クリシンで学ぶことは、全然難しくなく、そんなの当たり前じゃんという内容ばかりだ。

でも実践するとなると話は別。正直全然できないことがわかった。


わかっていることとそれができるかどうかは別物ということ。


経験を重ね、上になればなるほど、いろいろな知識が身につく。


無能な上司たちも、いろんなことを知っているのは当然だ。

しかし、それを偉そうに宣う人がなんと多いことか。


じゃあ、あんたやってみろよと言いたくなることが多いのは僕だけではないはず。


それを言ったところで、それはお前の仕事だ。勉強のためにあえて言ってるんだとか言い訳してくると思うが、だったらそれを最初から説明してほしい。論理の飛躍は説得力がまるでない。

…とまあ、会社から強制的にクリシン受講を命じられる人がほとんどだとは思うが、その命じた人は受講したのだろうか?クリシンは思考の基礎トレーニングなので経営層や管理職が受けるような内容ではないかもしれないが、まず受けるべきはあなたたちではないだろうか。


部下ばかりクリシンが身についたところで上司たちがついてこれなくては意味がないのだ。

だって上司は無能の集まりなんだもの…

クリシンを受講して得た最大の学びは、まずこれをするべきは上司であるということがわかったことだ。

やっぱり上司は無能であると再確認できた。

以上、最後までご覧いただきありがとうございました。

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